効率化はつまらない人間をつくる、という疑惑(>▽<)
ときどき不思議に思うことがある。
昔より今の方が知識も増えているし、
万人がほとんどの知識に簡単にアクセスすることができる。
普通に考えれば、昔より賢くなっていてもいいはずなのに、
どんどんバカになっていっている気がする。
普段はあまり意識しないが、
昔の若者の書いた手紙を読んだり、
昔の科学者の書いたエッセイを読んだりした時、
なんて昔の人は視野が広いんだろう、深いんだろう、
やばい今の人間、やばいオレ、
とほとんど焦りに近い感じを覚える。
なんか、人間としてのレベルが違う感じがする(T_T)。
なんでだろう?
自分の好きなこと、興味のあること、
それをいくらでも追える環境があるので、
いくらでも供給されるので、
みんなそれを消化するだけでせいいっぱいになっているからかな。
ものすごく狭い人間が多くなっている気がする。
自分のテリトリー以外は興味がない、知ろうともしない。
仕事もそうだ。
一つ一つの仕事で覚えなければならないこと
やらなければならないことが膨大になりすぎてしまって、
それをこなすだけでせいいっぱいになっている。
少し専門を離れると全然わからないし、興味も示さなかったりする。
そしてそれぞれの穴を深く掘るばかりで、互いの穴の中を知ろうともしない。
あるいは、みなさんとちがって広くみてますよー、
という人はただの恵まれた見物人にすぎなかったりするので、
話に説得力がない。
考えてみれば、昔の人だって
好きなことだけやりたい、
効率よく自分の仕事だけに集中したい、
という気持ちはあったと思う。
人間だもの(⌒▽⌒)
しかし、不幸にしてというか幸運にもというか、
自分のテリトリーに関する情報がそんなになかった。
一通りみてしまうと、他のテリトリーをのぞいたり、
間違ったところに顔を出してしまったり。
へんくつな奴しか情報を持っていないとなると、
遠い西の国にしかありがたいお経がないとなると、
命がけではるばるそれを見に行ったり(⌒▽⌒)。
ハズレも多い。
効率悪いことこの上ない。
でもそういう経験が、実は人間を深める条件なのかもしれない。
本来やりたくなかったことを経験することで、
その中にもイイものが隠れている、
ということを発見していくこと。
簡単に切り捨てないで付き合ってみること。
過剰に入ってくる情報で、人は失敗や損をする可能性を前もって避けようとし、
実はそのために、肝心な何かを失っているのかもしれない。